ぎり、と奥歯を噛み締めかねないまでの冷ややかな視線を肩越しに寄越した《教授》だが、すらりとした肢体と功績をもってしてもその顔は綺麗なだけで中身がない。
子供が唇をとがらせんばかりにして、なだめ方を間違えると癇癪を起こすのを知っている宇宙は大人しく退いた。
子供が唇をとがらせんばかりにして、なだめ方を間違えると癇癪を起こすのを知っている宇宙は大人しく退いた。
「…すみません」
「それにるいが素直だとか一体どういうご意見なのかな。独断とか偏見ってよくないと思うんだけど」
「まあまあ、るい―」
「それにるいが素直だとか一体どういうご意見なのかな。独断とか偏見ってよくないと思うんだけど」
「まあまあ、るい―」
宥めるタイミングを心得ているらしい男は絶妙のタイミングでおだやかに声をかけた。その眼差しが人間味も薄くあしらうようなところがあるのに宇宙はどうも関心かねたが、面白そうですらある口ぶりには親しみがあった。
「そう厳しいと参ってしまいますぞ。…それで大変な沈黙を破って、どんなご用件ですかな? 私も睡眠ばかりで忙しいのです」
「宇宙に話を聞かせてやって欲しいから、精々八十時間程度じゃないかとは思うけど」
「それは短くて助かりますなあ。けどまあ、それだけでは済みませんが―」
「宇宙に話を聞かせてやって欲しいから、精々八十時間程度じゃないかとは思うけど」
「それは短くて助かりますなあ。けどまあ、それだけでは済みませんが―」
流れるように言われた台詞のような言葉はひややかにすぼめた口許から発せられ、男が言うにはいささか貴族的で下卑た気配がした。ちらりと鋭い眼の端に瞳を移動させた男と目が合い宇宙は不快に鳴りかけたが、《教授》は挑むように微笑んで宇宙を誇らしげに示した。
「そうそう骨が折れない男だから御心配なく。貴方の細君くらいじゃないかな?」
くすりと華やいだ笑みで《教授》は言った。
それは男に対する皮肉だったらしく、彼がどことなくばつが悪そうに黙ったのを沈黙してまで確認してから声音を落として続ける。こういったところに《教授》にもいやな大人の部分と狡賢さがあるのだった。
それは男に対する皮肉だったらしく、彼がどことなくばつが悪そうに黙ったのを沈黙してまで確認してから声音を落として続ける。こういったところに《教授》にもいやな大人の部分と狡賢さがあるのだった。
「じゃあお話をよろしく。
まずは【菊拘街】について話して。るいも多忙なの」
「そうですかね。それはまたお羨ましいことで―随分と遊んでらっしゃるそうですがそれはいいのですかな?」
「貴方とか貴方の細君には及ばないんじゃないの?」
「…《教授》、時間、大丈夫ですか」
まずは【菊拘街】について話して。るいも多忙なの」
「そうですかね。それはまたお羨ましいことで―随分と遊んでらっしゃるそうですがそれはいいのですかな?」
「貴方とか貴方の細君には及ばないんじゃないの?」
「…《教授》、時間、大丈夫ですか」
にわかに険悪な空気が流れたで茶を濁すように宇宙は口を挟む。こと宇宙の言葉に耳を貸さない《教授》だが、時間のこととなると鮮やかなまでに身を引く。
《教授》は数秒あらぬところに視線をやって何かを考えたようだったが、ぞっとするような冷たい視線を男に当ててから高い椅子から降りる猫のようにしなやかに身を翻して部屋から出て行った。
《教授》は数秒あらぬところに視線をやって何かを考えたようだったが、ぞっとするような冷たい視線を男に当ててから高い椅子から降りる猫のようにしなやかに身を翻して部屋から出て行った。
「すみません。その、研究に命がけで、少々気が立っていて…」
ドアが閉まり気配が遠のいてから、ばつが悪い表情にならないよう苦心して宇宙は男を振り返って軽く視線を落としていった。
男は少しばつの悪い顔をしたが、それを誤魔化すように弱く唇だけをゆがめて声を笑わせ、
男は少しばつの悪い顔をしたが、それを誤魔化すように弱く唇だけをゆがめて声を笑わせ、
「気にしてませんよ。るいはあれでもましになったほうです。こと男に対して厳しいところが、若いときのお父様にそっくりですよ」