「え?」
「ホラ、最近言ってたでしょう。髪を名古屋嬢みたいにパーマしてるって言う、どっかの企業で受付してるって言う―なかなか可愛い人なんでしょうが」
「ホラ、最近言ってたでしょう。髪を名古屋嬢みたいにパーマしてるって言う、どっかの企業で受付してるって言う―なかなか可愛い人なんでしょうが」
ぞんざいに哀れむような視線を鏡越しに向けられ、葛西は思わず「ああ」と呟いた。
脳裏に真っ白い襟ぐりの広いスーツを着た受付嬢をしている若い女の顔が浮かぶが、葛西は退屈な気分になるのを抑えるように記憶を追い払った。
自分の鮮明な記憶力が相手の服装と生地、裁縫の丁寧さを観察するばかりに、人の顔までいちいち記憶していて疲れてしまう。
脳裏に真っ白い襟ぐりの広いスーツを着た受付嬢をしている若い女の顔が浮かぶが、葛西は退屈な気分になるのを抑えるように記憶を追い払った。
自分の鮮明な記憶力が相手の服装と生地、裁縫の丁寧さを観察するばかりに、人の顔までいちいち記憶していて疲れてしまう。
付き合いがさほど長いことでもないが一緒に暮らして三ヶ月になるありまは、それを察するのが実に早かった。葛西の反応もまさに予想していたという風に表情を変え、本当に不思議そうに言う。
「ところで、どうしてあいつばかり誘いやがるんですか?」
やわらかい素肌をして不自然でないつややかなピンク色の唇にはまったく他意がなく、葛西はどう言っていいものか悩んだが、「おまえの友達なのに嫌なような言い方をするな」と制するように言った。
「友達が少ないのはよく判ってるから、大事にしたほうがいい」
「葛西サンみたいに無駄に友達が多いのも、おかしなもんじゃねえですかね―」
「友達に無駄なんかないだろう」
「葛西サンみたいに無駄に友達が多いのも、おかしなもんじゃねえですかね―」
「友達に無駄なんかないだろう」
正論をくちにしたように葛西は思ったが、ありまは子供っぽい容姿できゅっと表情をしかめて押し黙った。かなりの不満があるようだが大人しく黙ったのは大人の対応かとも思った矢先、我慢できなかったように、
「うちの父親とかはどうなんですか。やくざですよやくざ。私だったら一生関わり合いになりたくない職業ですよ…警察も医者も政治家もやくざも、全部関わらずに生きていけたらどんなにイイかって思いやせん?」
「無理じゃないか」
「無理―ですけど」
「無理じゃないか」
「無理―ですけど」
ありまがいかにも不満そうにしているのは、自分がやくざの姫に生まれたことで友人関係に不自由があったためだろう。
子供同士は知らないことも親は知っている。あるいは実際いじめに遭ったこともあればましな方で、触らぬ神に何とやらと隔離されたことの方が多いのだと、酔ったありまの父親はこぼしていた。酒豪と有名な男が異様に酔う姿に傍に控えていた男衆も目を伏せ、痛ましげな表情を見せたものだった。
子供同士は知らないことも親は知っている。あるいは実際いじめに遭ったこともあればましな方で、触らぬ神に何とやらと隔離されたことの方が多いのだと、酔ったありまの父親はこぼしていた。酒豪と有名な男が異様に酔う姿に傍に控えていた男衆も目を伏せ、痛ましげな表情を見せたものだった。
だが、ありまが父親を嫌い葛西の家にきたのを、どうこうとも言う気はない。葛西にとってはとるにたらないことで、親子の隔絶も父親が自分をありまの恋人と誤認していることも、好都合なだけのことだった。
「そう落ち込むな。今日はおまえが好きなチョコレートケーキを遠慮なく食べて良いから」
葛西はありまを引き立てるように言いながら、違う肌の感触を思い出していた。